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自転車ロードレーサー ~思い出の地~

私にはもう一つ自転車という趣味があります。
最近はゴルフの方が中心ですが、時々自転車が恋しくなり乗りに行きます。
(月に多くて三回くらい・・・)

以前は、土曜・日曜日が休みの時は、レースにも参加できたので、一生懸命練習しました。
が、今は水曜日が休みのため、全く参加できるレースの開催が無く、モチベーションが上がりません。

なのでゴルフやフットサル等、仲間内だけでも楽しめる競技が中心になっていったのかと思います。

愛車のビアンキです。(3号)

今は街乗り専門なので、サドルの下に収納が付いています。
レースの時はいかに自転車を軽くするのかが大切なのでつけません。
この自転車は3台目ですが、今までずっと「ビアンキ」に乗っています。

このサドルだけは、前車より引き継いでます。
パンターニという山登りに強かった選手の刺しゅう入りの物です。
(プレミア付きますか?)

私は体重が重く(自転車選手にしては!?)、山登りに不利なのですが、すごく坂道が好きで、レースでも山岳コースの方が好成績が多かったです。

(自転車漫画の「弱虫ペダル」はお勧めです。機会があればぜひ見てみて下さい。坂道好きな主人公なのです。)

そして、ギアも前車より引き継いでいたのですが(ULTEGRA)、ギアチェンジが出来なくなってしまったので、最近交換しました。

グレード落ちですが。

「105」です。
この辺りにも、モチベーションの低さが出ています。
でも最近のディレーラーなので感度は以前より良くなっていると感じます。
(私の自転車ボケかもしれませんが。)

レースは本当に様々な場所に行きました。
北は岩手県、西は三重県まで。
学生の頃は母に車で送ってもらっていましたが、車の免許を取ってからは自分で運転して、自転車のレースをして、そのまま車で帰ってくるという感じでした。
三重県(鈴鹿サーキット)まで車で片道7時間でしたから、凄い体力です。
今では想像がつきません。

そして、岩手県は陸前高田市です。
街を貸切状態にしてレース会場にしてくれていたのです。
街の人々も暖かく迎え入れてくれていました。
レース後には温かい汁を用意してくれていたり、たくさんのおもてなしを頂きました。

地震で街が大きな被害を受けた事を聞いております。
沿岸部でしたので、かなりの津波の被害を受けた映像も見ました。
被害に遭われた方々、御親族の方々、陰ながらですが応援しております。
そして、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

復興して、またレースが出来るようになったらぜひ、伺わせて下さい。
それまで、何も出来ず申し訳ありません。
今は一生懸命働いて、税金を納めて、それを復興支援金に回してもらう事を願います。


「歓迎」で迎えてくれました。
当時の写真をデジカメでおさめました。私も入賞する事が出来ました(6位)。

月に2回以上レースに出場していたので、各地に想い出が有ります。

また、神戸まで東京から自転車で行った事もあります。
伊豆半島もぐるっとまわり、6日間掛けて到着です。

阪神大震災の翌年でした。
まだ一年足らずの時期でしたが街は、だいぶ復興していました。
東日本大震災は、津波の被害が大き過ぎましたが、地震での被害は阪神大震災もそれ以上のものが有りました。
阪神大震災の教訓から、住宅の基準値や道路の基準値も見直された事も、少しは東日本大震災の時に被害を食い止める要因になっているのだと思います。

みんなで助け合い、地震の被害からの復興を目指していきましょう!!
助け合いの心は大切です。

     
当時のレース風景です。最後の直線!このシーンは6位争いです。